アニメ猫のアニメ日記

アニメに関しての情報を書き連ねていきます。

日本テレビアニメの黎明 豊田有恒「日本アニメ誕生」 日本のテレビアニメはいかに始まったか


以下の本を読んだので、感想と解説をば。

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著者の豊田有恒氏は、SF作家として知っている人が多いかと思うが、実は日本の最初のアニメのオリジナルシナリオライターでもあるのだ。

ja.wikipedia.org

 

テレビアニメ黎明期の脚本家としては

辻真先 - Wikipedia

と同時期にというか一緒に活躍していた。日本の最初のテレビアニメである「鉄腕アトム」や「エイトマン」「スーパージェッター」「宇宙戦艦ヤマト」など多くのアニメ作品にかかわった。

この本では、日本のアニメの黎明期についてあまり知られていない事実などについて解説されている。

豊田氏、自身のSF小説のマンガ化の依頼をするため、手塚治虫に突撃する

豊田氏の手塚治虫とのかかわりは、自分の書いたSF小説をマンガ化してもらうために、手塚治虫を訪問したことだった。この依頼は断られたが、次のかかわりはSF同人誌「宇宙塵」でのものだった。当時の宇宙塵は、日本のSF黎明期のそうそうたるメンバーがいた。星新一広瀬正光瀬龍平井和正など。当時の宇宙塵にはSFが大好きだった手塚治虫がいたのである。手塚治虫はやがて日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」をリミテッドアニメ、バンクシステムといった手法を駆使して作っていく。

平井和正と豊田氏とのかかわり

今ではSF作家として知られている平井和正は当初、テレビアニメ「エイトマン」の原作の仕事をしていた。ここへ、SF作家の仲間としてつきあいのあった豊田氏が、手の足りないシナリオ作成の新たな書き手としてが呼ばれた。今ではサイボーグという単語を知らない人は少ないだろうが、当時は誰も知らなかったようだ。日本の最初のテレビアニメは「鉄腕アトム」「鉄人28号」「エイトマン」であり、大人気となった。これらの作品には斬新なSF要素がちりばめられていた。日本のSF作家の考えたアイデアは米国の映画がマネをするほどオリジナリティのあるものがある。

豊田氏、鉄腕アトムのシナリオに参加する

鉄案アトムは原作マンガのストーリーを一年で使い切ってしまったため、シナリオ不足に陥ってしまったため、オリジナルのシナリオの書けるシナリオライターを求めていた。そこへ豊田氏に声がかかった。

手塚治虫はアニメ黎明期からアイデア、プロット、ストーリーを重視していた

手塚はすべてのシナリオをチェックして、自分なりのものにしていくように変更を要求した。クリエィティブな仕事は和気あいあいとしていては良い仕事にならない。馴れ合いになって特徴のない平凡なものしかできないからだ。双方のクリエイティビリティをぶつけ合ってアウフヘーベンしなければいけない。

後に豊田氏は、まったくの誤解が元で手塚治虫と喧嘩別れして虫プロを辞めてしまう。しかし、その後和解して、再び一緒に仕事をしたりしている。

豊田氏は、その後にSF翻訳の仕事を経て、SF作家の仕事に専念していく。

50年間虫プロで秘密にされたネタ

豊田氏が初めて公開する手塚治虫の秘密のネタが本書で公開されている。このネタは虫プロでは秘密とされ、長らく知られていなかったものだった。

宇宙戦艦ヤマトの元アイデアは「西遊記」だった

豊田氏はあの宇宙戦艦ヤマトの名物プロデューサー西崎義展氏と出会い、宇宙戦艦ヤマトの設定を依頼される。荒廃した地球という設定、放射能除去装置、などを考えた。当初は宇宙戦艦ではなく、小惑星を宇宙船にする予定だった。これを戦艦大和に変更したのが松本零士だった。乱れた世の中を救うために天竺へ行ってありがたいお経を取ってくるという西遊記本歌取であった。

誰が「宇宙戦艦ヤマト」の原作者なのか

後の著作権をめぐる裁判では西崎氏側が勝利したが、原作を西崎氏一人に帰することはできない。おおよそ松本零士であり、また豊田氏も大きい。また、原作といえる作品がない中で大勢の人々がアイデアを追加した。それらの人も原作者である。各話のメカも松本零士だけではない。

SF小説家の「ときわ荘」

多くの仕事をこなしていく中で、契約書がないなど若いクリエイターに何の保証もない、の問題に対応するため法人化して、節税も狙うことにした。設立した会社「パラレル・クリエーション」の事務所には多くのクリエイターが出入りした。豊田氏はSF作家やマンガ家などなどの人々との親交が多かった。クリエイターにはこのようなたまり場が必要であろう。

コメント

アニメ猫は不勉強にして、テレビアニメの黎明期にはくわしくなかったが、これほど、テレビアニメとSF小説家が深い関係どころか、同じ人たちが活躍していたとは思わなかった。今では当たり前となっているSFに出てくるアイデアもテレビアニメが広めていったものが多い。サイボーグもワープもテレビアニメから広まったのだ。

そして、宇宙戦艦ヤマトの原作問題。裁判の結果はどうあれ、このケースではクリエイターが大勢集まって一つに集約した結果生まれたのであって、一人の原作者に帰するというのは無理があると感じた。

それにしても豊田氏はじめ、テレビアニメと日本SF小説の黎明期に活躍した大勢の人たちがいた。あんまり記録に残ってない部分も多いし、知られていない事実もあるので保存する意味はありそうだ。

 

 

 

 

 

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