アニメ日記

アニメに関しての情報を書き連ねていきます。

エモーショナルアーク 感情曲線と創作理論

昨日は創作理論について簡単に紹介しました。

 

そもそも創作理論というか、ストーリーを作るためのノウハウ本や理論は山ほどあります。これは映画や演劇の世界で培われたものです。

ちょっとしらべただけでもこんなに「どのようにストーリーを作ったらよいか」の指南本があります。

 

www.kaminotane.com

しかし、このような本で学べるのはノウハウであって、どうして人々は物語を紡ぐのか?とかどのような物語を作るべきかは教えてくれないでしょう。

また、ノウハウだけではストーリーが作れるとも思えません。

 

創作理論は古くからあるものもありますが、近年のデータ分析技術を使い、エモーショナルアーク(感情曲線)という概念を使って、多数のストーリーから成功するストーリーのパターンを見つけようとする研究が前回紹介したものでした。

こちらの記事にもさらに詳しく他の論文も掲載されています。

gigazine.net

感情がどのように動くのか?について着目してストーリーをおおざっぱに分類することでストーリー展開についての理解を深めようとする考えです。この理論がストーリー製作に実際に役立つのか、まだ調べていませんが、私はこれは逆に観客がどのようなストーリーが好きであるのかを理解するためにも使えるだろうなと思いました。

 

 

 

ストーリーの構造はどうなっているのか?創作理論というもの

世の中は広いもので、世界で紡がれてきたさまざまなストーリーを分析して、解析しどのような特徴をもっているか?を研究する人達がいます。創作理論とでもいうのでしょうか。たとえば、こちらのブログで紹介されているものがその一つです。

 

note.com

元のデータは海外の論文ですが、この論文では過去に成功し公開されたストーリーのデータから、感情の振り幅について解析し一定のパターンを見出して6つに分類したということです。

6つというのは、成功型、逆転型、感動型、悲劇型、失落型、笑い話型ということになるそうです。なんとなく、このぐらいのパターンに分類できるかな?と納得できるものですね。

ストーリーを創作する場合、このようなパターンを参考にしていくこともありかもしれません。でもあくまで、この研究は過去のストーリーの分析であり、おおよそのパターンを見出したというだけで、この通りに作らないといけないわけではないし、かならずこのパターンに当てはまるわけでもないでしょう。

 

さらには私が思ったのは、自分の好みを分析する上で、このパターンのどれに当てはまるのかを知ることで、自分の好みや傾向を知るのにも役立つだろうなと思います。

 

創作理論はどれほど創作に役立つのか私は実例を知りませんが、いろいろとおもしろい研究もあるので、調べてみようかなとは思います。

「アニメ批評」というものについての考察

「アニメ批評」というものについて考えたことを書いてみます。

 

「アニメ批評」は商売としては成立はしないと言われているそうです。

映画やドラマなどはなんとか映画評論の世界が以前にはあったのに、アニメの世界では評論空間が成立しずらいのだそうで。確かにあんまりネット世界でもアニメは人気紹介は多いが評論といえそうなものはとても少ないですね。これは業界の体質やアニメそのものがもつ特徴が大きくからんでいそうです。

 

それでもアニメをいろいろと論じたい人たちは多いと感じることも多いです。そもそも「アニメを評論する」こととはいったい、どのようなことなのでしょうか?

ズバリ、私にいわせるとアニメの評論は、アニメという表現を通じて感じた事を、自らの表現として再体験すること、でしょうか。つまり評論は、自らの表現の代償行為なんです。アニメは製作者側からの表現で、視聴者はそれを視聴することでさまざまな体験をする。そして視聴者がそれをなんらかの表現でもって再体験する。その動機の基にあるのが、視聴者の側にある表現したい動機なんでしょう。

 

難しく書いてしまいましたが、アニメは表現の一種であるし、視聴者が批評を書くのも表現の一種だということです。しかし、批評は通常では表現とはみなされないので、代償行為なんです。

 

アニメを作る側で、批評をする人は少ないです。作る事で表現できているから批評する必要性が少ないのでしょう。

 

そして、アニメの分析というのは、私にとって、アニメを視聴することで出てきた心の中のモヤモヤを分析して解明していくことなのです。これは自分の心の中を旅しているような気分になります。

 

こう考えてみると、アニメの批評は世間的に必要とされてはいなくても、自分的には必要なんだろうと思えてきました。

 

そもそもアニメを見る事はとても個人的な行為であって、視聴したアニメの世間的な評価と個人にとっての評価とは全く関係のない事です。他人が駄作と言おうが、名作と言おうが、それは他人の評価。自分にとって駄作か名作が重要なことのはずです。自分がどう評価するかが重要。

 

このような個人的な行為なのに、批評をしたくなったり分析したくなるのは批評もまた個人的な行為の延長線上にあるんでしょう。自分のためのものなのでしょう。

 

とこのように考えました。

今後のブログについて

長らく更新を途絶えさせてしまった本ブログですが、再開に向けて準備をしていこうと考えています。

 

まずは、本ブログの更新が途絶えた理由ですが、個人的に忙しくなってしまったのもあるのですが、アニメの分析について考えが行き詰ってしまったことも大きかったです。

改めて、過去の自分のブログを読んでみるとなんとも、偏ったアニメの見方をしていたような気がします。

 

過去のブログを読んでいて、間違っていたんじゃないかという点。ひとつはアニメは人気ととれないと負け、間違いだとと思い込んでいたかもしれないですね。円盤の売り上げに拘っていたのもそのせい。よく考えてみるとアニメは作り手と受け手の間に何かが成立すれば成功なので、人気が出るかどうかは二の次でよかったはずなのです。

もうひとつ、間違っていたかなというのはアニメを分析すればアニメがわかると思っていた事。本当は分析は、アニメをわかるためではなかったのです。アニメの分析をすることは自分自身の中にあるモヤモヤをわかるためにやっていたことなのです。

 

以上のようなことがこの数年間をかけてようやくわかってきたのです。

 

 

「デッド・オア・アニメーション  天望良一」

少年ジャンプ+で連載の、アニメ業界を目指す少年が主人公のWeb

マンガ。おもしろかったのでご紹介。

plus.shonenjump.com

http://plus.shonenjump.com/rensai_detail.html?item_cd=SHSA_JP01PLUS00003083_57 

 

青森の田舎から出てきた、高校生・純が東京に出てきてアニメ業界の現実をみていく。

アニメ業界の厳しいところとかリアルそうだ。

第三話より「ここで正しいのは倫理でも、お金でも、ましてや気持ちでもない。「画力」が正義」

というセリフに思わず、しびれた。。。田舎では一番絵がうまかったはずの主人公の画力はまるでアニメ業界では通用しない現実。。

やっとこさ採用された開いていたポストは「制作進行」。

はたして純くんはアニメ業界で活躍できるのか?

すごいリアルなお話だな。