アニメ日記

アニメのおもしろさをデータで分析、おもしろくないアニメがどこかを分析して二度楽しむ 単純な感想だけじゃない視点を目指します。基本ネタバレサイトです ツイッター: @kekotaro1

もう一度「ファンタジスタドール」を調査してみよう

前回、分析したファンタジスタドール

「ファンタジスタドール」を分析してみよう - アニメ日記

では、どうやら、脚本のシリーズ構成作家が存在しなかったがために、脚本が乱れやすかった事や統一感がシリーズ中に少なかったことが推測できた。一方、物語の背景やプロットのブレは少なくそのためもあって作品としての不思議さを醸し出す一因にもなっていたように思えた。

しかしながら、まだ納得がいかない。なぜあれほどの違和感のあるアニメになったのかの理由が不明のままである。そこでもう一度、分析にトライしてみる。今回はアニメ「ファンタジスタドール」の背景を探ることで、「なぜそうなったのか?」を追求してみたい。

ファンタジスタドールの前日譚を語る本

Amazon.co.jp: ファンタジスタドール イヴ (ハヤカワ文庫JA): 野崎まど: 本

ファンタジスタドール誕生の秘話?というか背景がわかるらしい。レビューを読むと、どうやら、アニメとは雰囲気が別物のストーリー。ドール達は屈折した男の欲望によって作られた存在だったということらしい。

どうやらファンタジスタドールの背景にはSF設定が深く入っている。研究所とかでてくるしね。そういえば

鈴木貴昭さん 鈴木貴昭とは (スズキタカアキとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 

が世界考証としてスタッフに名を連ねているのが気になっていたが、そこらへんの設定協力なのだろうか。

谷口悟朗氏の インタビューから探る

「ファンタジスタドール」とクリエイティブプロデューサー 谷口悟朗氏 インタビュー 第1回 | アニメ!アニメ!

谷口悟朗氏は原作に参加、クリエイティブプロデューサーを務める。

クリエイティブプロデューサーの役割とは?

谷口「例として製作委員会というシステムで話しましょうか。それまではオモチャだけを売っていればよかった、もしくは放送さえしていればよかった物が、委員会を構成する法人の数だけ対応が分かれてしまったんですね。そして、監督が製作……つまり資金回収なども視野に入れないといけなくなったケースがでてきているんです。

しかし、法人は複数の人を用意できても監督は一人。それに、作品だけつくっていた人だって多い。そうなると分担するしかない。
ここ数年、助監督ですとか、副監督、監督補佐が増えてきたじゃないですか。理由の一つはこれです。結局、ひとりだけでは回せきれないんです。」

いろんなスポンサーへの窓口役のような役目だろうか

自分が監督をすると、自分の思った作品にならないと思った『ファンタジスタドール』

谷口「『ファンタジスタドール』は、他作品とはスタートが違います。まず、自分がやりたいと思う作品企画がありました。ただ、これは進めていくうちに、自分が監督をすると自分の観たい作品ではなくなるような気がしました。むしろ監督は別に立てて、監督をフォローする立場にまわることがいいんじゃないかなと。
ただ、もともとの話は自分が考えてしまったので客観的な立ち位置というわけにもいかない。ここがそれまでの関わり方と違うところです。」

谷口「もともと「女の子が一杯登場して明るくワーワーしたい」というのが、最初の企画として私の中にありました。」

監督役は斎藤氏にゆずったものの、事実上の原作は谷口氏と考えるのが良いだろうか。

□ そうしたなかで、なぜ谷口さんが今回バトルする女の子を描くべきだと思われたのですか?

谷口「バトルすることが目的じゃなかったんですよ。私が当初考えていたのは、もっとまったりしたものです。カードから出てくる女の子とのまったりした日常です。
同時に、この作品は長いスパンで発展させることが出来ないかと思いました。長いスパンでやろうとすれば、フォーマットがある程度定まったほうが入りやすいし、お約束になれば分かりやすくなるじゃないですか。ある程度、フォーマットが定まっている作品であれば、多少バトルがあったほうがやりやすいですね。
お着替えですとか、画面上も変化が出来るじゃないですか。」

そうか!もともとバトルする設定ではなかったのか!まったり日常系を作るつもりだったのが後からバトル設定を入れたのだな。お着替えする設定も活かしきれなかったようだねえ。あの多数のお着替え用の洋服がハンガーにかけてある映像を写すわりには尺の関係からかお着替えしなかったものなあ。残念。

「ファンタジスタドール」と女の子 谷口悟朗クリエイティブプロデューサー インタビュー 第2回 | アニメ!アニメ!

いままでの話を聞いていますと、本作は王道な作品だと思います。そのなかでの新しい試みは何になりますか?

谷口「コミュニケーションの問題ですね。ドールたちはカードの中にいて実体化しないと直接会ってのコミュニケーションがとれないわけですね。つまりデバイスの中にしかいないんですよ。
会いたくなければ会う必要はないわけです。
実は『ファンタジスタドール』では、うずめが呼んでも、ドールが会いたくないと思ったら出てこないわけです。」

□なかには本作をカードバトルものと思っているかたもいるかもしれません。あるいは日常のふわふわした話と思っているかもしれません。

谷口「本作を、人気の「遊戯王」とか「バトスピ」とか「ヴァンガード」などのカードバトルものと考えておられたら、それは全く違います。あくまで女の子を実体化させる時に、カードの中に封じられたデータを使うというものです。
本作の雰囲気は、うずめという女の子を中心とした他の女の子とのゆるゆるとした緊張感があるんだかないんだかのよく分からないふざけた斎藤監督がつくった日常空間と、がんばったことで得られる結果、という要素で成り立っています。彼女なり頑張ったなかでよい結果が得られるかもしれないよねといったところです。
アクションもありますが、生きるか死ぬかといったアクションではありません。いい意味での軽い展開一生懸命さを見ていただけるといいですね。」

 通常の、カードバトル物ではない。バトルは生きるか死ぬかといった緊張感のあるものではなく、軽い展開での一生懸命さを目指すと。日常空間のゆるゆる展開はよく描けていたように見えるが、バトルの方もゆるゆるだったのでまじめにやっているようなそうでもないように見えわけがわからなくなっていた。

 □ 成長はあるのですか?

谷口「そこは突っ込みません。それを突っ込んだって楽しくないでしょう。そうしたところはやりません。監督に任せています。」

そうか!やっぱり成長しない設定というか、そういう心積もりで物語を描いていいたのか!

□ 女の子は何人ぐらい出て来るのですか?

谷口「最終的には、100人ぐらいは欲しいですね。相談していた小説家から「出しちゃうつもりで行きましょうよ、どうせなら」と言われて「そりゃそうだ」と思って。一人でも多いほうが楽しいじゃないですか。」

100人ですか!そうするとアニメではかなり人数を削っていたのか!アニメでは人数が多すぎると思っていたが。人数が多すぎるとひとりひとりの物語について描ききれないとか考えなかったのでしょうか???

 「ファンタジスタドール」は“シンプル イズ ベスト” 谷口悟朗クリエイティブプロデューサー インタビュー 第3回 | アニメ!アニメ!

□ 『ファンタジスタドール』はシンプルな作品と考えていいですか。

谷口「そうですね。基本、フォーマットに戻りましょうということです。アニメを観慣れている人からすれば、本作品を物足らなく思う時もあるでしょう。それはその人がいろいろなタイプの作品を知っているからそう感じるわけです。それ自体を否定はしません。でも、同時に裾野も広げねばならない。

もっと普通の中学生や高校生、大学生が楽しめる作品、まだアニメファンとはいえないかもしれない、ライトオタだったり、ライトオタ一歩手前かもしれないその人たちに届く作品を作らなければいけません。

□『ファンタジスタドール』は、そんなきっかけになりえると。

谷口「アニメーションをどういうかたちで楽しむかと考えた時に、最初は未就学児童、つまり小学校に上がる前、『アンパンマン』ですとか『しまじろう』から始まって、小学校に入ったところで『プリキュア』ですかとか『ドラえもん』であったりを観ている。もしかしたらそこに『ワンピース』だったり、『トリコ』が入るかもしれません。
そうしていくうちに、中学生、高校生、大学生や社会人になっていく過程でアニメーションから離れてしまう人が多い。私たちがやっている事はお客さんあっての物ですからね、1回離れたところをもう一度寄せてあげなければいけない。その寄せつけるのがいきなりマニアックだと来づらいですよね。

 □ 文脈が分からない?

谷口「そうです。飛び過ぎてしまいます。

テレビアニメは放送時間とか放送形態、原作との関係などで大きな流れを作ることがなかなか難しい。
なら、やれる機会にやるしかない。クールジャパン構想みたいな官民学の動きとは別に、小さいけれど流れをつくろうとする志はあってしかるべきと思っているわけです。そうしたポジショニングとして『ファンタジスタドール』を考えているわけです。
その文脈で考えた時に、谷口が監督をやってはだめよと。そう考えていただけると分かりすいはずです。
そうそう、入門編としても使えるけれど、アニメを観慣れている人も楽しめるようにできています。なので、まずは観ていただけるとうれしいです。


王道はどういうものかというと、みんなの心の中にある王道です。人によっては、それはクリィミーマミ的なものかもしれません。人によってはミンキーモモ的なものかもしれません

谷口氏の目指していたものはマニアックなものではなくあくまで王道であった。谷口氏は自分が監督をやった場合はマニアックになりすぎると考えていたのだろうか。アニメ「ファンタジスタドール」はマニア向けを目指していたのではなく、アニメを離れていたような人たちを引き戻すような入門編レベルの作品を目指していた。

 

以上のインタビューから、ようやくなぜ女児向けアニメのような演出やら進行でアニメが作られていたのか、それでいて成人向けの内容が入るのかが理解できてきた。うまく意図したものが融け合っているかというと、いまいちうまくいっていないと思うけれど。 

おもしろいけどツッコミどころが満載の不思議アニメだった

あらためてファンタジスタドールのあらすじをここなどで追ってみたがやっぱり

おもしろくて愛すべきなんだけどツッコミどころが満載のアニメなんだよね。

「ファンタジスタドール」 最終話「希望うきうき みんなきらきら」感想ー脳とアニメーションー 

そんなわけで、最後まで実況栄えするツッコミどころ満載の面白アニメだった本作です。
果たして、誰でも楽しめるというクリエイティブプロデューサーの谷口悟朗の狙いは上手く行ったのか否か。
大友狙い風の女児アニメで、シュールなギャグや演出満載というのは、アニメ初心者(一般層)にはレベルが高すぎるような気もします。

でも思い出には残りそうだ